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<制服>2008年 台東区

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180417「制服」2008年 台東区

今年の春は、学校の制服の話題が多くあった。

中学ではジェンダーレス制服の採用、これは当事者にとっては切実な問題なので良かったと思う。

笑ってしまったのは、銀座の小学校の制服騒動だ。高級イタリアブランドを新一年生が着るという。

笑えないのは、およそ教育の質とは関係ないところで騒がれ、校長が記者会見までしていた。

銀座という日本一の街のプライドということらしい。教育の場をパフォーマンスの舞台と勘違いしているのか。

学校をハンドバッグやファッションブランドと同じと思っているらしい。

今、一年生はその制服で通学しているのだろうか。


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by photofujii | 2018-04-17 15:39 | 2000年代 | Comments(0)

<大売り出し>1962年 銀座

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年末年始の安売りを昔はバーゲンセール、今は洒落てクリアランスセールなどと云って楽しんでいるが、

やってることは同じ。

我々の子供時代、家庭を預かる女性たちは生活に直結するものを安く手に入れようと、

バーゲンセールは戦場だった。

時代が違うよと云われそうだが、社会のタガが緩んでいる今、

ピンと気を張って生きたあの頃の空気を思い出す。


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by photofujii | 2018-01-11 10:15 | 1950年代~’60年代の写真 | Comments(0)

「キレる師走」1961年12月 銀座通り

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しばらく振りに銀座大通りを歩いてきた。

毎年のことだが、12月に入ると気のせいか人の動きが急に殺気立ってくるような気がする。

町なかで争い事をよく目にする。先日も地下鉄のホームで客同士の殴り合いを駅員が必死に止めていた。

スーパーのレジで高齢の男性客がキレて店員を怒鳴っている姿もよく目にする。

理不尽なクレームも多いらしい。誰もが生き難い時代だ。

客だから店員だからというより、お互いの心の持ちようでトラブルの多くは避けられる。

私も心したい。


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by photofujii | 2017-12-16 19:44 | 1950年代~’60年代の写真 | Comments(0)

群衆の顔

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今の東京は、どこに行っても外国人が多い。観光地ばかりでなく、日常生活の町でも姿をよく見掛ける。
日本語がほとんど聞こえてこないこともあるが、外人特有の大きくて明るい声を聞くと結構楽しい気分になる。
このスナップショットは、50年以上も前の銀座通りで撮ったものだ。
冬の休日だったが、当たり前のように日本人の顔しか見当たらない。
まだそんなに昔のことでもないのに、なにか不思議な気持ちになる。
日常生活でもお隣りは外人さんということが普通になれば、日本人の生活も感覚も変わってくる。
爆買いする外人だけが歓迎ではないし、壁を作ることもない。
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by photofujii | 2017-02-03 16:25 | 1950年代~’60年代の写真 | Comments(0)

クリスマスが一番だった

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戦後、我々が憧れたアメリカ文化、その象徴がクリスマスの甘い雰囲気だった。
当時のサラリーマンお父さん達は、大阪のくいだおれ人形のような格好をして飲んだくれ、
夜の銀座通りではしゃいでいた。
それが世間からひんしゅくをかい、その頃から家族中心で楽しむケーキのクリスマスが定着。
そして今年、町を歩いてもジングルベルは余り聞こえてこない。
舶来の祭りが好きな日本人は、商魂に煽られたハロウィーンやバレンタインデーの方へどんどん人気が移動する。
このスナップショットは、57年前の銀座のクリスマスイブの風景だ。
子供を抱っこしたお父さん、きもの姿でケーキの箱を持った女性もいる。
皆んな場馴れしていない妙な雰囲気。でも穏やかにイブの夜を楽しんでいるのがよくわかる。
誰もが生きる希望を持つことができた時代だった。
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by photofujii | 2016-12-17 15:50 | 1950年代~’60年代の写真 | Comments(0)

お国柄

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銀座はいつでも外国からの観光客が多い。一時ほどではないが、爆買いのアジア人もいる。
日曜日の歩行者天国では、銀座特有の風景が見られる。
それは銀座の街並みや道路の通し方、つまり町の雰囲気がそうさせるのだろう。
アジアからの人達は大きな荷物を持ち、厳しい表情で情報交換している集団が多いのだが、
丁度来ていた南米からの若い人たちは買い物もせず、
手にしていたのはコンビニで買ったカップラーメンやペットボトルの袋だけ。
横丁でゆっくりと道路に座り込み、辺りの風情を楽しんでいた。
国民性というのかお国柄なのだろうが、その様子を見ているだけでこちらも楽しかった。
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by photofujii | 2016-07-02 15:58 | 2016年 | Comments(0)

都市の幻影

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東京の町は変化が激しい。近頃は特に都心部だ。
新しい高層ビルは殆どガラス張りで、鏡のようなその壁面には思わぬものが映り込む。
銀座や新宿のように古くから路地の多い町では、思いもよらぬ風景が現れる。
この前も銀座を歩いていると、私の頭上を逆さになって人が歩いていた。
もちろん何かの反射による幻影だったのだが。
大都会の谷間には、幻想的な思いもかけぬ空間が潜んでいる。
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by photofujii | 2016-06-17 14:51 | 2016年 | Comments(0)

ジューンブライド

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銀座を歩いていると、花嫁さんの姿があった。道ゆく人は皆、祝福の目で微笑んでいる。
私もなんとなく浮き浮きと明るい気持ちになった。
これから披露宴の席にでも向かうのか。
いずれにしても今日の銀座の主役はあなたですよと思いながら、後ろ姿を見送った。
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by photofujii | 2016-06-10 16:09 | 2016年 | Comments(0)

銀座の小道

日曜日の銀座に出た。ホコ天で爆買い風景を見ようとヤジウマ根性で行ってみた。
中国から東南アジア・ヨーロッパ・南米とまるで人種のるつぼ。賑やかで楽しかった。
熱気を冷まそうと裏道に入った。
銀座は小学生の頃からうろついている町だ。生まれ育った浅草から地下鉄で15分、銀座と浅草は思い出と共にある。
学生時代は新宿・六本木もうろついていたが、やはり何かあれば今でも銀座・浅草である。
日曜日でもあるし、銀座も大通りから一本裏道に入ると人の気配もなく、静かそのもの。
子供の頃から通り抜けていた路地もわき道も変わってしまい、殆んど面影も残っていない。
それでも幾つかの路地を抜けると、気持ちだけは納得した。松坂屋の跡地は大きな空間になり、又新しい銀座が出来る。
表通りは今、外国ブランドの店がビッシリと並んでいるが、
裏道・小道に入れば、残っていてもらいたい店や老舗がまだまだいっぱいあるし、それが懐かしい。
くさっても鯛、くさっても銀座、なんと云おうと銀座である。
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by photofujii | 2015-10-23 21:10 | 2015年 | Comments(0)

《銀座〉変わり続ける日本一の繁華街

銀座生まれの人からは、「この野郎」と云われそうだが、私も銀座はふるさとだと思っている。
生まれ育ったのは浅草だが、我家を出て地下鉄でものの20分で銀座4丁目。
だから小学生の頃から有楽町のロードショウでハリウッド映画もみた。
隣の席の進駐軍の若い兵士から貰ったチューインガムをかみながら映画をみた。
高校生になると、もちろんデートは銀座。
その頃、我々の合言葉は「銀ブラしよう」。
ただブラブラ歩くだけで楽しかった。
それにしても、この町の変わり方は凄い。
世界中のブランドがこの町に集まっている。
最近、戦前から残っていた大きなビルが姿を消し、
私が通った酒場もなくなり、みんなに愛された名画座もついに閉館した。
入れ替わりのように、歌舞伎座が大きなビルを背にして新しくなった。
どう変わろうとも、私は銀座が好きだ。
歩くだけで、いつもウキウキしてくる。
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1971年銀座三越にマクドナルド1号店がオープン
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2002年
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2010年
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2010年
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by photofujii | 2013-04-06 22:16 | Comments(2)