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子供が見る夢は

少し前まで夏の遊びの定番は、昼間の昆虫採集と夜の花火だった。
もちろん我々下町のガキ共には、野球もあり学校のプールもあったが
虫採りも大した道具はいらないし金も掛からない。
朝、家を出るとあっちの公園こっちの公園と渡り歩き、
腹ペコになるとあまり記憶にないが、きっとアンパンでもかじっていたのだろう。
両手に虫カゴと網、アイスキャンデーをなめながら歩いていたことは覚えている。
自分達だけで自由に行動できることが、なんといっても楽しかった。
夕方、家に帰って腹ごしらえ、今度は昼間みんなで約束した花火.
別に大人がいなくても怪我もせず、よく遊んだ。
そして、布団に入れば楽しい夢がいっぱいだった。
ゲーム機やスマホで遊ぶ今の子供達は、真夏の短い夜にどんな夢を見るのだろう。
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by photofujii | 2015-07-31 22:03 | 2015年 | Comments(0)

視線

町を歩いていると、存在を誇示するような行動をする人や派手やかな装飾を
ほどこしたものが目につく。
この猫の顔を目にしたのも、坂の途中を歩いていた時だった。
なにか変な気を感じて立ち止まると、民家の壁面に描かれている大きな猫が
じっとこちらを見ていた。
その視線が、ずっと私を追いかけていたらしい。
その手前には墓地があり、夏の夜だったら子供たちには絶好の度胸試しの場所だ。
また別の日、繁華街で人に良く馴れたカラスを見た。
おとなしく手の上に乗ったりするのだが、その目は鋭く野生を感じさせた。
壁面の猫もカラスも油断のない目つきだった。
裏道や路地、表通りを歩いてさえも、どこからか強い視線を感じることがある。
行き交う鋭い視線の先にあるのが私の姿なのか。
その視線の行く手になにがあるのか、気になるような、ならないような。
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by photofujii | 2015-07-25 22:19 | 2015年 | Comments(0)

主張する

この写真はだいぶ前に撮ったものだ。今この展示があるかどうかわからないが、
現在でも同じようなやり方で、自分たちの考えを主張する人が多い。
その主張が社会であまり受け入れられず、四面楚歌の気持ちで止むにやまれぬ
というのも多いと思う。
今、国会周辺では安保関連法案への抗議で主張するプラカードやボードが林立し、
毎年の8・15当日の靖国周辺でも、主張の違いはあっても同じような風景がある。
私も近ごろ何回か国会前には行ったが、若い人たちの姿が少しずつ多くなっている。
60年や70年の安保闘争では、学生や若者が中心だった。
私の目の前でも流血の乱闘がいくつもあり、自分の無事が不思議なくらいだった。
だから今の若い人が、シュプレヒコールと共にプラカードを持って整然と抗議し、
主張するスマートな姿を見るのはうれしい。
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by photofujii | 2015-07-17 20:57 | 2015年 | Comments(0)

命と心をつなぐ糸

近ごろ気がついたのだが、
よく渡る私鉄の踏切に「いのちの電話」という文字の看板が立っている。
自殺を思い止まらせるためのものだ。
軽く看板などと云ってしまって良いのだろうかと思いながら帰ってきた。
これは決して軽い文字でも看板でもない。
毎日のニュースは想像を超えるものばかりだ。
少年から老人・働き盛りの者まで、もう平穏に暮らすことは無理なのかと思うほどだ。
連帯・絆と云ったところでお題目、まあ明日になればきれいに忘れている。
忙しい日常を送っていれば、誰も変わりないはずだ。だからお互い人のことは云えない。
思い返してみると、私の周辺にも自ら命を絶った人がいた。
遠縁の老人、高校時代の友、親しかった友人の兄、ビルの上からの若い女性のとび降りと、
その幾つかは目撃しているし、今でも忘れることが出来ない。
どんな綺麗ごとを云っても通用しない時代になってきたと感じる。
私の近所のどの踏切にも「いのちの電話」の看板が立っている。
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by photofujii | 2015-07-11 22:15 | 2015年 | Comments(0)

水門風景

急に川が見たくなって、川沿いの町を歩いている。
多摩川・隅田川・荒川・中川・江戸川、こんなところだ。
そこには必ず水門や閘門・堰がある。
それで思い出すのだが、私が子供の頃、今の荒川を荒川方水路と呼んでいた。
今、東京の地図には旧中川・新中川とあるが、新中川も荒川も共に人工の河川だ。
何十年もかけて土木工事をして新しい水路を作り、水門や閘門を置いて、
東京の町、特に下町は洪水から守られるようになった。
掘り割り・水路も多くあり、東京は古くから「水の都」と呼ばれてきた。
水門を見ると城壁のようにみえて威圧感もあるが、それによって我々は守られてきた。
今年もすでに幾つも台風が発生し、風水害も多く出ている。
先人たちの知恵と努力が大いに役立っているわけだ。
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by photofujii | 2015-07-03 15:46 | 2015年 | Comments(0)