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変わらない町

歩きながら、この町はいつ来ても変わっていないなあと思うことがある。
街角に立ち止まってよく眺めれば、実際にはあの店もなくなった、
この家も新しくなったとわかる。
しかし、毎日のようにどんどん変わってゆく東京の町並みや道筋を見れば、
少々の変化では、いつもの変わらない町と思ってしまう。
初めて歩く町でも同じように思うことがある。
遠い記憶の片隅に残っている残像というのだろうか、
初めてなのに、どこか懐かしいいつもの町という感じがする。
どうしてだろうと考えると、そこには必ず古くからの町に共通するランドマークがある。
銭湯の煙突・角の八百屋・魚屋といった商店、駅前の食堂・飲み屋の赤提灯・
ポツンと立っているポストや街灯、どこも同じような間合いや距離感である。
先日、北区の十条の町を久し振りに歩いた。
そして、いつもの街角に立って眺めると、八百屋さんがあり銭湯の煙突もあった。
それからひと月後、銭湯には閉店の挨拶が張ってあった。
やはり、東京は変わってゆく。
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by photofujii | 2014-11-28 17:21 | Comments(0)

落ち葉焚き

先日、私が住む地域の区報を読んでいてエッと思った。
法律や条令の基準に合った焼却炉以外では、落ち葉を燃やすことは原則として出来ないし、
罰則もあるという。燃やすごみとして出せということだ。
無論、私にも異議はない。
都会の舗装された道では落ち葉は土には戻れず、ただ風に舞うばかりだ。
近所の公園に行けば、子供たちがいっぱいに積もった落ち葉を全身で楽しんでいる。
出来ることなら、さらに焚き火で暖まったり焼き芋で遊べれば、どんなに楽しいことか。
今どき出来ない相談だが。
私の子供時代、お寺の境内や道端、どこでも焚き火で遊べた。
それが秋から冬への子供の遊びだった。そんなことは無理を承知で思うのだが。
落ち葉や焚き火はもう童謡・唱歌の世界にはない。
都会では、落ち葉は単なる「ごみ」になってしまった。
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by photofujii | 2014-11-21 18:03 | Comments(0)

夕暮れの踏切

秋の色が深くなって、私鉄沿線を歩いてみた。
車窓を眺めながら気がつくのは、踏み切りの多さだ。
渋滞や人身事故で、都心は立体交差や高架が進んでいるが
まだ私鉄には踏み切りが多く残っている。
買いもの帰りの踏み切りで、赤いランプの明滅とカンカンカンと信号音を聞きながら、
気がつくとその向こうで、藍色に暮れてゆく空をボーっと見上げている。
そして、とっくの昔に忘れてしまっていた童謡・童話の世界が戻ってくる。
古い友人や遠足のこと、学芸会や運動会のこと、
取り留めの無い記憶が、際限なく湧き出てくる。
踏み切りで待つほんの一瞬の時間が、誰の心をも穏やかにさせて家路に着かせる。
新しい発見をしたような気分になった。
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by photofujii | 2014-11-14 21:04 | Comments(0)

屋上遊園地

ショッピングセンターの屋上にある、都内で唯一という観覧車が
リニューアルされたと聞いて行ってみた。
50年近く続いていた営業を中止に決めたところ、周辺住民からの存続の要望が強く、
新しいゴンドラが登場した。
これは、自分の子供時代を懐かしむ大人達の声が大きかったのだろう。
分かる気がする。
私が子供の頃、デパートの屋上にはどこも遊園地があり、よく遊びに行った。
地下の食品売り場で、おやつ代わりの味見をしてから屋上に行って、
乗り物の動きや色々な音を聞いているだけで楽しかったが、
数年前にそこも閉鎖されてしまった。
その時にも行ってみたのだが、名状しがたいような懐かしさにジッと佇むばかりだった。
今の商業施設の屋上は、庭園にしたりイベント広場になったりで、
子供時代の思い出を残すような場ではなくなってしまった。
2014年
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1960年
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by photofujii | 2014-11-09 11:27 | Comments(0)