カテゴリ:2015年( 52 )

テロとゲリラの一年

今年も残り少々、あっという間の一年だった。
テロや内戦・環境問題に明け暮れた世界の都市に比べれば、東京の社会情況はまだ落ち着いた方だったろう。
それでも色々な社会現象があった。市民や若者の国会デモ、ヘイトスピーチから爆買いまで。
心をかき乱された人も多かったろう。
来年も首脳サミットがあり、そして東京オリンピックへと続く。
テロリズムの現実が身近に感じられてくる。
平穏を祈らずにはいられない。良き新年にしたいものだ。
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by photofujii | 2015-12-24 21:01 | 2015年 | Comments(0)

誰もがつらい浮き世

老人から若者・子供まで、近頃たのしい話題が少ない。
久し振りにカラッとよく晴れた日、公園に足が向いた。休日ではないので人影もまばら。
よく見ると、老人の男性ばかりが目につく。ひとりでベンチに座っている。どこに行っても見る姿だ。
ひとりになっても強く生きていけるのはやはり女性、男の姿は見たくないものが多い。
生まれながらの男と女の生理的、生物としての違いなのだろう。
忘れられない映像がある。テレビで自然や野生動物いわゆるネイチャーものが流行り出した頃、
テレビの画面をゆっくりと横切ってゆく一頭の雄ライオン。
よく見ると、その姿はよろよろとして足元もおぼつかないし牙はぼろぼろ。
まわりに仲間もいない。これからの運命が充分に想像出来る姿だった。
多くの雌ライオンを従えた過ってのたくましい姿はそこにはない。
人間の雄も同じ。これが生き物の雄の姿だ。
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by photofujii | 2015-12-19 21:46 | 2015年 | Comments(0)

おじさんの原宿はあるか

若者の町・原宿、おばさん・おばあの原宿である巣鴨と、若い人や中年・老年の女性たちには、
何の遠慮も我慢もせずに大手を振って歩くことが出来る町がある。
そう思い当たってからここ数年、おじさんの原宿はどこにあるのかと気に掛けながら、東京の町を歩いてきた。
しかし、どこを探しても見つかるわけもないし、その気配すらない。
男が多少でも元気に歩いているのは、せいぜい昼間のビジネス街ぐらいのものだ。
男たちの原宿・じいさんの原宿などありようもない。思い切りよくおじさんの原宿さがしはやめにした。
で、改めて思い返してみれば、おじさんの原宿は赤ちょうちん・飲み屋街だと気がついた。
そう思ったら気持ちも落ち着いた。私も赤ちょうちんを目指して路地裏をどれだけうろついたことか。
男たちが誰に遠慮もなく振る舞え、心から安らげる場所・街はここだったのだ。
「灯台もと暗し」とはこのことだった。
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by photofujii | 2015-12-12 12:09 | 2015年 | Comments(0)

開店ラッシュ

今月に入ってから我が家の近所で、スーパーやコンビニのチェーン店が3店舗オープンした。
考えてみると、この夏以降10店舗近くの新店ラッシュである
これは私が見ている店だけだから、実際はもっと多いだろう。その間に消えていった店も幾つかある。
町の人にとっては便利で結構なことなのだが、従業員へのプレッシャーはいかばかりか。
雇用が増えるのは良いとして、店と店との熾烈な競争、戦いが容易に想像できる。
少し前の時代、企業や対人関係のことで「生き残りを賭けた戦い」という言葉が流行った。
勝った方は良いのだろうが、敗れた企業や人間はどうなるのだろう。死ねということなのかと私は思った。
その流れは、今ますます強くなっている。
近所の新店ラッシュを見てそんなことを考える私の頭が、すでに時代に合っていないのだろうが。
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by photofujii | 2015-12-05 16:40 | 2015年 | Comments(0)

三の酉

今年の酉の市は三の酉まであった。
私の若い頃、11月末の三の酉の頃には充分に寒く、冬の訪れを思わせたものだ。今の暖かさでは気分が出ない。
その上、浅草や新宿といった有名酉の市の混雑と屋台の食べ物の臭いの凄さ。
で、ここ暫らく酉の市には行っていない。三の酉と気がついて、久し振りに出かける気になった。
もちろん大きな市ではない。近くの小さな神社で続いている小さな小さな酉の市だ。
私の記憶違いか、もう少し賑わいがあるかと思っていたのだが、なんと熊手を売る店は一軒だけ。屋台の夜店もなし。
熊手を売る人も商売気がなく、お客も近所の商店の人や住人。熊手も小振り、和やかな雰囲気で気分がやわらいだ。
大きな祭礼や季節の行事の姿が変質してゆくなか、こんな小さな酉の市もよいものだと思いながら家路についた。
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by photofujii | 2015-11-30 17:35 | 2015年 | Comments(0)

橋・人生の交差点

ふと、自分のふるさとが頭に浮かんだ時、家族や友人そして町の姿と共に、いつも見ていた山と川が必ず目の前にある。
私にとっては浅草の町や上野の山、そして忘れられないのが隅田川と吾妻橋だ。
隅田川に架かる橋には清洲橋や永代橋のように優美な橋も多い。しかし、私にとっての橋は吾妻橋しかない。
この橋の上に佇むと、いつも色々な事を思い出す。
ここで出会った人や起こった事、欄干に肘をついてゆっくりと川面を眺めていると、
時間が逆回転してゆくような気になる。
誰もが持っているであろう、ふるさとの川と橋の思い出。
大きな橋も小さな橋も、そこを渡ってくる人や起こった事をじっと見ている。
だから、その小さな一本の橋を渡ることで人生がはじまったり、人生を決めた人がいるのだ。
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by photofujii | 2015-11-20 16:08 | 2015年 | Comments(0)

不夜城の東京

スポーツ観戦の帰り道、久し振りに夜の湾岸・運河沿いの道を歩いた。
近くに街並みもない広い公園のなかを、意外に多くの人が犬と散歩したりジョギングをしているのに驚いた。
そして見上げた空まで明るいのにも驚いた。それは公園内の街灯のせいばかりではない。
周辺の競技場や施設の照明そして都心部の明りが空に反射して、夕暮れ時のように明るくなっている。
いつも町なかで夜になると見かける、自販機が5台10台と並んで周辺がパーッと明るくなっている状態が、
東京全体を覆っている感じだ。
地方からの帰り、羽田空港への着陸直前に東京の夜景を眺めて明るいと思ったものだが、
地上からの眺めは又、別の明るい景色だった。
つくづく東京は不夜城だと思う。
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by photofujii | 2015-11-14 17:12 | 2015年 | Comments(1)

我が町のハロウィン

近所の駅前商店街で、一日遅れのハロウィンがあった。
前日の本番の日には池袋に行ったのだが、我が駅前商店街の子供たち中心のハロウィンの方が、
ゆっくりと爽やかで気分がとてもやわらいた。
渋谷・六本木・池袋と盛大で賑やかなのだが、どこか商業主義的なものが臭ってくる。
日本のどこに行っても、有名な祭りは地元の商売としっかり結び付いているし、変形してしまったものが多い。
昔の姿を知らない人にとっては今の形で祭りを楽しめればそれで良いし、観光としての祭りはそれで充分だ。
一方で小さな町の手作りの祭りの良さもある。
近所の大人たちが子供たちのために精一杯の工夫をし、いつもの生活の場で祭りを楽しむ。
この記憶が少しでも残っていれば、子供が自分たちの町をいとおしむ気持ち、
友達を大事にする心も変わってくるに違いない。
大きなハロウィンと小さなハロウィンを見て、そんなことを思った。
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by photofujii | 2015-11-06 15:06 | 2015年 | Comments(0)

信仰心

どんなに科学技術が進歩しようと、それと同じスピードで人間の心も進化するわけではない。
そんなことを考えながら町を歩いていると、思わずクスッと笑える風景に出会う。
そのひとつが東京の町に意外と多い石仏や道祖神のある風景だ。特に石仏の姿が目につく。
地蔵菩薩や赤い鳥居のお稲荷さん・馬頭観音だが、これら石仏の置かれている場所が面白くておかしい。
個人の家の庭から赤い鳥居が見えたり、壁や塀を前からあったお地蔵さまのためにわざわざ凹ませたりして、
面白い変な風景が出来上がる。
当事者にとっては明らかに不便なのだが、塀や壁・周りの建物が何度変わろうが、
お地蔵さまもお稲荷さんのキツネの位置も微動だにしない。
もちろんこれは神仏のタタリを気にしてのことだが、
文明や生活の文化がどんなに進歩しても、人間のこういう心は変わらない気がして嬉しくなるし、
穏やかな楽しい気持ちになれる。
神仏も恐れず、平気で優しい顔のお地蔵さまを倒すような人間の姿は見たくないものだ。
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by photofujii | 2015-10-29 17:37 | 2015年 | Comments(0)

銀座の小道

日曜日の銀座に出た。ホコ天で爆買い風景を見ようとヤジウマ根性で行ってみた。
中国から東南アジア・ヨーロッパ・南米とまるで人種のるつぼ。賑やかで楽しかった。
熱気を冷まそうと裏道に入った。
銀座は小学生の頃からうろついている町だ。生まれ育った浅草から地下鉄で15分、銀座と浅草は思い出と共にある。
学生時代は新宿・六本木もうろついていたが、やはり何かあれば今でも銀座・浅草である。
日曜日でもあるし、銀座も大通りから一本裏道に入ると人の気配もなく、静かそのもの。
子供の頃から通り抜けていた路地もわき道も変わってしまい、殆んど面影も残っていない。
それでも幾つかの路地を抜けると、気持ちだけは納得した。松坂屋の跡地は大きな空間になり、又新しい銀座が出来る。
表通りは今、外国ブランドの店がビッシリと並んでいるが、
裏道・小道に入れば、残っていてもらいたい店や老舗がまだまだいっぱいあるし、それが懐かしい。
くさっても鯛、くさっても銀座、なんと云おうと銀座である。
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by photofujii | 2015-10-23 21:10 | 2015年 | Comments(0)