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きもので遊ぶ

このあいだ浅草に行ったら、年末年始でもないのに若い女性のきもの姿が多いのに驚いた。
何人もが群れになって歩いている。
急に和服が流行り出したのかと思ったが、聞いてみるとそうではない。
その場でレンタルのきものに着替え着付けをしてもらい、浅草観光に繰り出すらしい。
思い出にもなるし、結構人気もあるようだ。さすが浅草、次から次ぎへと新手を考え出すものだ。
我々も若い頃、正月だけはきもの姿で六区に出掛け、自分だけは粋なつもりでいたものだ。
お転婆な少女も、晴れ着姿がいかにも嬉しそう。
きものが日常の場から遠ざかって久しい。
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by photofujii | 2016-01-02 11:45 | Comments(0)

正月を飾る技

新年を彩る技、特に下町では商店街や神社で鳶の職人たちの技が欠かせない。
私が育った町には鳶の頭が住んでいて、年中行事や祭りと総てを仕切っていた。
毎年、永い経験を積んだ老鳶が年末の決まった日の決まった時間に、
演芸場の入り口を新年の鏡餅と祝いの飾り、
神社の境内には景気よく薦被りの酒樽を、手際よく見事に積み上げてゆく。
惚れ惚れとする技の連続だ。
近年は世代交代で、若い鳶が先輩から懸命に技を引き継いでゆく姿が数年続いていた。
そして今、独り立ちした若い姿がそこにある。
古くてなくなるのも当然というものもある。
しかし、こういう姿と技は残っていてほしい。
それを見ただけで、心が和み穏やかな気持ちになれる。
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by photofujii | 2014-12-26 16:25 | Comments(0)

夕ぐれの空

いつもだと冬至が来て、ああ冬だなあという気分になるのだが、
異常気象が続く今年は、今や冬の真っ最中という感じだ。
ふだんなら今頃から空気が澄み渡って、昼間は真っ青、
それが夕ぐれ時になると、赤と交じり合ってなんともいえない空の色になる。
都心ならばビルの間から、下町なら商店街の通りの奥、
立ち止まって夕焼け空を眺める。
そして、ああ今日も一日無事に終わったなと、
しみじみとした気分になって誰もが家路につく。
私は赤提灯の色を思い出して途中下車となる。
本来なら、これからが夕ぐれ時の楽しい季節なのだが。
さて今年は。
1 銀座
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2 東十条
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3 新小岩
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by photofujii | 2014-12-19 18:43 | Comments(0)

武蔵小杉・摩天楼の町

渋谷から横浜に行く電車で外を眺めていると、通る度にタワーマンションが増えてゆく。
気になっていた武蔵小杉の町にいってみた。ここは今、住みたい町の人気上位にある。
話題も多く、大きなショッピングセンターも開店、広い屋上庭園がオープン、
平日でも賑わっている。
私の記憶に間違いがなければ、昔ここは川崎から続く工場地帯だったように思う。
今ここの住人の大半はそれを知らないだろうし、知る必要もない。
しかし、こうも変わったのかと暫し呆然。
高所恐怖症で地べたに足が着いていないと落ち着かない私などには、
とても無理な町だと悟った。
タワーマンションの新しい町を通り抜けながら、ふと高架線の反対側にあった
駅前の古い町並みを思い出した。
あちら側も変わってしまっただろうが、よし行ってみよう。
そしてガードをくぐったその先に、古い懐かしい町はまだ残っていた。
センターロードの看板と赤提灯の飲み屋街。
私はなにやらホッとして、しばらく立ち止まったままだった。
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by photofujii | 2014-12-11 17:00 | Comments(0)

ボクシング少年の町

私がスポーツで一番好きなのはボクシングだ。
それ以外のスポーツには、あまり興味がわかない。
柔道・レスリング・剣道と一対一でやる競技は他にもあるし、
ラグビーのように肉弾戦もあるが、
やはり、倒すか倒されるか、血をみるかという究極の対決はボクシングしかない。
私は子供の頃、叔父貴につれられてよくボクシングの試合を観にいった。
まだ戦後の雰囲気が残っていた頃で、
場末の暗い小さな会場には、なんとなくざわついた空気もあった。
私もプロは無理でも、アマチュア選手ぐらいにはなりたいと思ったこともある。
よく歩く下町には、格闘技のジムがいくつもある。
冬の寒い日でも、ボクシングジムの前にはじっと見つめて動かない少年がいる。
2本の腕と体で、自分の夢と人生をつかもうとする姿がそこにある。
過ぎ去った遠い日の自分の姿がそこに重なって、胸が熱くなる。
ボクシングはルールに厳しい、スポーツのなかのスポーツだと私は思っている。  
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by photofujii | 2014-12-04 15:51 | Comments(0)

変わらない町

歩きながら、この町はいつ来ても変わっていないなあと思うことがある。
街角に立ち止まってよく眺めれば、実際にはあの店もなくなった、
この家も新しくなったとわかる。
しかし、毎日のようにどんどん変わってゆく東京の町並みや道筋を見れば、
少々の変化では、いつもの変わらない町と思ってしまう。
初めて歩く町でも同じように思うことがある。
遠い記憶の片隅に残っている残像というのだろうか、
初めてなのに、どこか懐かしいいつもの町という感じがする。
どうしてだろうと考えると、そこには必ず古くからの町に共通するランドマークがある。
銭湯の煙突・角の八百屋・魚屋といった商店、駅前の食堂・飲み屋の赤提灯・
ポツンと立っているポストや街灯、どこも同じような間合いや距離感である。
先日、北区の十条の町を久し振りに歩いた。
そして、いつもの街角に立って眺めると、八百屋さんがあり銭湯の煙突もあった。
それからひと月後、銭湯には閉店の挨拶が張ってあった。
やはり、東京は変わってゆく。
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by photofujii | 2014-11-28 17:21 | Comments(0)

落ち葉焚き

先日、私が住む地域の区報を読んでいてエッと思った。
法律や条令の基準に合った焼却炉以外では、落ち葉を燃やすことは原則として出来ないし、
罰則もあるという。燃やすごみとして出せということだ。
無論、私にも異議はない。
都会の舗装された道では落ち葉は土には戻れず、ただ風に舞うばかりだ。
近所の公園に行けば、子供たちがいっぱいに積もった落ち葉を全身で楽しんでいる。
出来ることなら、さらに焚き火で暖まったり焼き芋で遊べれば、どんなに楽しいことか。
今どき出来ない相談だが。
私の子供時代、お寺の境内や道端、どこでも焚き火で遊べた。
それが秋から冬への子供の遊びだった。そんなことは無理を承知で思うのだが。
落ち葉や焚き火はもう童謡・唱歌の世界にはない。
都会では、落ち葉は単なる「ごみ」になってしまった。
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by photofujii | 2014-11-21 18:03 | Comments(0)

夕暮れの踏切

秋の色が深くなって、私鉄沿線を歩いてみた。
車窓を眺めながら気がつくのは、踏み切りの多さだ。
渋滞や人身事故で、都心は立体交差や高架が進んでいるが
まだ私鉄には踏み切りが多く残っている。
買いもの帰りの踏み切りで、赤いランプの明滅とカンカンカンと信号音を聞きながら、
気がつくとその向こうで、藍色に暮れてゆく空をボーっと見上げている。
そして、とっくの昔に忘れてしまっていた童謡・童話の世界が戻ってくる。
古い友人や遠足のこと、学芸会や運動会のこと、
取り留めの無い記憶が、際限なく湧き出てくる。
踏み切りで待つほんの一瞬の時間が、誰の心をも穏やかにさせて家路に着かせる。
新しい発見をしたような気分になった。
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by photofujii | 2014-11-14 21:04 | Comments(0)

屋上遊園地

ショッピングセンターの屋上にある、都内で唯一という観覧車が
リニューアルされたと聞いて行ってみた。
50年近く続いていた営業を中止に決めたところ、周辺住民からの存続の要望が強く、
新しいゴンドラが登場した。
これは、自分の子供時代を懐かしむ大人達の声が大きかったのだろう。
分かる気がする。
私が子供の頃、デパートの屋上にはどこも遊園地があり、よく遊びに行った。
地下の食品売り場で、おやつ代わりの味見をしてから屋上に行って、
乗り物の動きや色々な音を聞いているだけで楽しかったが、
数年前にそこも閉鎖されてしまった。
その時にも行ってみたのだが、名状しがたいような懐かしさにジッと佇むばかりだった。
今の商業施設の屋上は、庭園にしたりイベント広場になったりで、
子供時代の思い出を残すような場ではなくなってしまった。
2014年
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1960年
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by photofujii | 2014-11-09 11:27 | Comments(0)

無人の家

今年の社会調査では820万戸、総住宅個数の13・5パーセントが空き家だ。
過去最高だというが、この高い数字には驚いた。
原因は色々と想像出来るが、若者の都市流出で限界集落という言葉もあるように、
地方の多くは老人だけの生活。
日常生活が無理になると高齢者施設への入所、家は無人になる。
空き家が20パーセント以上という県もある。
都会でも見るからに空き家という住宅も目に付き、
事情もあって荒れるがままに放置された家も多い。
商店街や住宅街の中にポツンと壊れたままの家があったりすると、
その周辺は暗い風景になる。
今まで人の住んでいた家が無人になると、急速にその外観も表情を変える。
これは不思議なものだ。
家というものは、人の生活があればご近所までも明るくなり、
ザシキワラシも帰って来たくなるものだ。
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by photofujii | 2014-10-31 17:07 | Comments(0)