都電は生活の足だった

流れる雲を見上げていたら、急に都電を思い出した。
私の連想にはどうも関連性がない。
次の日、都電荒川線に向かった。人家の軒すれすれに走る路線は、生活の中を通り
抜けてゆくようで楽しい。
私も通学通勤とお世話になり、日々に密着していた。
今の人が自転車を使うように東京人の足となり、網の目のように都電の線路が走っていた。
先日、ニュースで中国北京の大気汚染の画面を見て、車の多さにびっくりしたが、
私が北京に行った30年前には車は数えるほどで、町は自転車の洪水だった。
同じように東京でも経済成長期に車が増えだすと、都電は交通渋滞の元凶のように
云われ、昭和40年代には廃線が進み、それから数年で今の荒川線だけになってしまった。
都会の日常の中を走る軌道電車は、外国でも日本の地方都市でも人気がある。
それにしても、東京に荒川線が一本だけでも残ったのが、私には奇跡に思える。
1 江東区 昭和41年
d0304870_15521987.jpg

2江東区 昭和34年
d0304870_15534837.jpg

3 台東区 昭和36年
d0304870_15552423.jpg

4 現在の荒川線
d0304870_15583494.jpg

5 荒川線
d0304870_1559963.jpg

[PR]
by photofujii | 2013-10-05 16:01 | Comments(1)
Commented by リカルド at 2013-10-26 02:28 x
私も都電で毎日学校へかよっていました。朝はラッシュで混んで、乗り口にぶら下がって行きました。ある友人がそんな都電から落ちて、頭を打ちましたが、どういう訳か成績がよくなり、その後東大に合格しました。都電の想い出は沢山のあります。
<< 東京の空に雲は流れて 懐かしの終身雇用 >>