<孤独の味>2019年 北区

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今の社会、老人も若者もひとり暮らしが多い。

老いも若きもそれぞれに忍耐・我慢の生活をしているのだが、特に都会に一人で暮らす老人は深刻だと思う。

毎日の生活が孤立無援、そして孤独だ。老人にとって孤独という心の問題はとても重いものに思える。

商店街や繁華街の雑踏のなかでひとり立ち尽くし、じっと一点を見つめているような視点。

誰もいない静寂に耐えられず我が家から出て来たとしても、人ごみの中でこそ余計に孤独を感じるのではないか。

後ろ姿を見ながらそんなことを思った。


# by photofujii | 2019-02-16 18:35 | 2019年代 | Comments(0)

<激安店>2019年 北区

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買い物客で賑わう人気の商店街には、必ず激安店・安売り店がある。

客のエネルギーもすごいので、私は店頭の値札を見るだけ。値段にいくつもバツ印があって数字が書き直してある。

テレビや新聞のクスリやサプリメントの広告でも猛烈な値引き。一体、正しい値段なんてあるのか。

正札で買うのがバカバカしく思えてくる。「正札販売・掛値なし」なんて言葉は死語だ。

嘘や騙しが堂々とまかり通る今の世の中と、なにかダブって見えてくる。


# by photofujii | 2019-02-11 12:09 | 2019年代 | Comments(0)

<浅草六区>2019年浅草

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先月の連休に浅草にゆくと、未だ正月気分で演芸場のおじさんが印半纏を着て客を案内していた。

昔のハッピ姿とは雰囲気がちょっと違うが、それでも懐かしい気分になった。

私の子供の頃は映画全盛時代で、映画館の前で「呼込み」とよばれた仕事をしていた人が、上映中の映画の宣伝を面白おかしく通行人に声をかけ、映画館に誘い込んでいた。

私はそれを聞くのが楽しみで、一人ひとり考えて工夫した文句が話芸のようで、まるで芸人だった。

新聞やテレビで見る此の頃の映画の宣伝文句は愛と涙と感動、どれも同じセリフばかりでおよそ工夫もなにもない。


# by photofujii | 2019-02-06 11:44 | 2019年代 | Comments(0)

<人気商店街>2019年 北区

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久し振りに今人気の十条銀座商店街を歩いてきた。

ここは子供の頃から馴れ親しんできた町だ。

相変わらずの賑わいに嬉しくなったが、周辺の商店街に足を伸ばしておやっと思った。

どこも閑散として人の姿がない。

買い物客は十条銀座に一極集中しているようにさえ思えて、周りの商店街との落差に唖然とした。

最近はテレビ番組で取材されるとドッと人気が出て人が集中する。代わりにどこかで消えてゆく商店街がある。

これもテレビの功罪か。


# by photofujii | 2019-01-31 10:08 | 2019年代 | Comments(0)

<束の間の風景>2019年浅草




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久し振りにふるさと浅草を歩いてきた。いつもの見馴れた道筋に入って行くと、時々ハッとするような景色に出会う。

今までの町並みが突然なくなっていて、そこに見たこともなかった風景がある。

この浅草寺の五重塔もそうだ。手前の宝蔵門と多少重なってはいるが、

塔がこれほどくっきり鮮やかに、シルエットで地上から遠望できる場所はない。

これも再開発や区画整理で出来た情景だ。開発計画が進めば、この束の間の風景は消える。

変化の激しい東京では、こんなことが毎日のように繰り返されているのだろう。


# by photofujii | 2019-01-25 11:57 | 2019年代 | Comments(0)

<看板>2019年 大久保

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町歩きして楽しいのはショーウインドーや看板を眺めることだが、

最近の看板はこの店で何を売っているのか、ちょっと見ただけではピンとこないのが多い。

キャッチコピーやデザインだけはやたら派手、ケバイだけで何を売っているのかわからない。

自己主張が強すぎて、店や商品に信用がおけない気がしてくる。

長く続いている商店の看板には必要なことしか書いてない。

袋物・ハンドバックを製造する店は爬虫類・トカゲと材料の名前しか書いてないし、

食品製造の店は牛豚とか内臓と、扱う部位しか書かない。

明快でよくわかるし、私などにはそれで充分爽やかだ。


# by photofujii | 2019-01-19 15:46 | 2019年代 | Comments(0)

<自販機の景色>2019年 中野区

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いつの季節でも、暮れゆく空と家々に灯る明かりを見ながら家路につくのが懐かしい町の風景だった。

此の頃はどうだろう。空き家も多いし、早くから戸を閉めてしまう家も多い。

日の暮れた道は暗く一ヶ所だけパッと明るい所があると、必ず何台もの自販機が並んでいる。

夕暮れの空と自販機が輝く景色が、都会の日常風景になってしまった。


# by photofujii | 2019-01-14 21:11 | 2019年代 | Comments(0)

<飲み喰う街>2019年 杉並区

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190109「飲み喰う街」2019年 杉並区

年末年始、久し振りの繁華街・商店街を歩いた。懐かしさと共に、その変わり様におどろいた。

古くからあった店が閉店すると、必ずというほど新しく出来るのは飲み屋か食べ物屋だ。

狭い地域によくこれだけの飲食店が集まり、どの店もやってゆけるのかと不思議に思ってしまう。

食欲や飲酒の量が増す傾向は、精神的緊張によるストレスでなることが多いという。

パイロットの飲酒が問題になっているが、これも仕事のストレスかも知れない。

今の社会にはストレスのガスが充満しているようだ。


# by photofujii | 2019-01-09 15:42 | 2019年代 | Comments(0)

<家族をつなぐ電話>2019年中野区

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私の散歩コースに、今では珍しい公衆電話ボックスが100メートルも離れていない所になぜか2ヶ所もある。

携帯電話やスマホが普及する前は赤や緑の公衆電話が街のどこにもあったが、今はほとんど姿を見ない。

昔は正月や夏休みに故郷へ帰れない人や日本に住んでいる外国人が遠い国の家族の声を聞き絆を確かめる唯一の手段が、公衆電話だった。

人影もなく明かりを灯した電話ボックスは、色々なことを思い出させてくれる。


# by photofujii | 2019-01-04 15:01 | 2000年代 | Comments(0)

<餅つき>2018年 練馬区

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近所の和菓子屋さんのガラス戸に、懐かしい貼り紙があった。

「ちん餅承ります」「お供え」「のし餅」と大きく書いてあり、心が和んだ。

私の若い頃は、どこの家も餅はお店に頼んでお正月の準備をした。

小さな鏡餅を神仏に供えのし餅を切っていると、もう正月だなと実感した。

今はスーパーで一年中餅は売っている。時代と共にお餅への思いも変わる。


# by photofujii | 2018-12-28 15:38 | 2000年代 | Comments(0)

<熱烈大衆>2018年 練馬区

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今ではあまり聞かなくなったが、戦後の一時期「大衆」という言葉が流行った。

もともと労働者・勤労者階級のことを指したのだが、政治や社会の大衆路線化もあり、なんでも大衆を付けた言葉で溢れかえった。

大衆作家・大衆小説・大衆酒場・大衆食堂・イワシやサンマは安いので大衆魚・大衆車・大衆化・大衆運動・大衆社会・大衆闘争と色々。

雑駁だが、今より熱気のある時代でもあった。


# by photofujii | 2018-12-22 20:46 | 2000年代 | Comments(0)

<顔の眺め>2018年 練馬区

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今年も色々な事件や騒ぎがあった。

とても真っ当とは思えない政治家、自分を守るためにだけ仕事をしている役人、自分と企業の利益のためだけにうごめいている輩、おまけに今は外国人まで渦中に出て来て、テレビ・新聞・週刊誌と世界中で大騒ぎ。

見たくもない卑しい面を連日アップで見せつけられる。

たまにはお地蔵さまのような、あのやさしいにこにこ笑顔に会いたいものだ。無理な相談だろうが。


# by photofujii | 2018-12-16 15:22 | 2000年代 | Comments(0)

<都会の静寂>2018年 練馬区

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歳をとると、今まれ気にならなかったことが気になってくる。私の場合は特に光と音だ。

ビルの反射光や前方からの強い光線、気にならなかった音が雑音・騒音になる。

軍用機やヘリコプターのエンジンの音、パトカーや救急車のサイレン、車や建設現場の音と、

なにかの音が途切れることはない。それが都会の活気・活力なのだろう。最早、都会で静寂など望むべくもない。

近所を散歩していたら、小さな赤い風船が道で揺れていた。

どこから飛んで来たのか、風船の周りにだけ静寂が流れているような気がした。


# by photofujii | 2018-12-09 16:07 | 2000年代 | Comments(0)

<哀愁の駅前食堂>2018年 杉並区

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近くの町を歩いていたら食堂と書いた看板を見つけ、急に懐かしさが込み上げてきた。

仕事で一人旅の多かった私は、よく駅前食堂に入って食べた。

みそ汁と漬物つきの日替わり定食、さば味噌・野菜炒め・焼き肉・肉じゃが・カキフライなどなど、お馴染みの定食でひとり酒、

列車の音を聞きながらノスタルジーに浸ったものだ。

今は地方の駅前にもチェーン店があって東京と変わらない。

遠い時代の思い出だ。


# by photofujii | 2018-11-24 21:38 | 2000年代 | Comments(0)

 <国民的グルメ食>2018年池袋

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我が町の駅前に「焼きそば・たこ焼き・今川焼き」の店があり、これを若い店員が一人でやっている。

いつも楽しい気分でその店の前を通る。池袋にも「ラーメン・たい焼き」の古くからの店がある。

私は北から南まで日本列島ずいぶん歩いてきたが、どんな小さな町や漁村の食堂でも、味の心配をせずに頼めるものがあった。

それは「かつ丼・カレーライス・中華そば」私の持論だ。

その地方その店特有の味が出来上がっていて、決して期待を裏切られたことがない。

日本人にノスタルジーを感じさせる、至福のグルメだ。


# by photofujii | 2018-11-19 20:41 | 2000年代 | Comments(0)

<食欲と古書の街>2018年 神保町

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久し振りに神保町を歩いた。この町に長いこと事務所を置いていたので、自分の縄張りのように思える。

変化の激しい都心でも、ここは一部の再開発地域の他は変わらない。

懐かしい路地の奥にはよく通った飲み屋も食堂も健在だし、商店も元気だ。

丁度この日は古本祭りだった。私は教科書は読まなかったが、読書は好きだった。古書の匂いには色々な思い出がある。

変わらぬ神保町は東京でも貴重で大切な町だ。なにやらホッとした一日だった。


# by photofujii | 2018-11-13 16:29 | 2000年代 | Comments(0)

<国民性>2018年 新宿

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久し振りに外出したら、駅のエスカレーターの手摺りに「抗菌」という文字がペタペタ貼ってあった。

びっくりしながらも、とっさに外国人観光客のための「おもてなし」の準備かとも思ったが、しかし日本語だ。

これは日常の通勤客や乗客の為のものだと思い直した。私も綺麗好きだがこれには驚いた。

健康だ長生きだ清潔だと、日本人は益々エスカレートしてゆく。どこまでゆくのだろう。


# by photofujii | 2018-11-08 21:03 | 2000年代 | Comments(0)

<化ける>2018年 新宿

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テレビも新聞もハロウィーン騒ぎで大変だった。

ゾンビや化け物みたいな顔で溢れていたが、考えてみると日常のなかでも此の頃はあんな顔や化粧が多い。

頭のてっぺんから足の爪先まで忙しい。

だから気の弱い私でさえ、少々のことには驚かなくなってしまった。


# by photofujii | 2018-11-03 20:43 | 2000年代 | Comments(0)

<働く70才>1960年 千代田区

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この写真は約60年前、丸の内で撮ったものだ。

当時は勤め人をサラリーマンと少々哀愁を込めて云っていたが、けっこう自信を持った顔が多かった。

55歳か60歳で定年退職すると、高い技術や専門知識を持つ人以外は再就職せず自分の人生を全うした。

今、政府は70歳まで働けという。

老人からすれば生活不安から働かなくてはということで、決して進んで働きたいわけではないと思う。

好きな事をして穏やかに暮らしたいのが本音で、何かといえば自己責任といわれ生きにくい世の中になってしまった。

私のように若い頃から勤労意欲のなかった者は、非国民呼ばわりされる時代が来るかも知れない。


# by photofujii | 2018-10-29 20:39 | 1970年代~80年代 | Comments(0)

<刺青>2018年 原宿

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オリンピックまでに外人観光客が増えることで、どこでも準備と対応に忙しい。

温泉や銭湯での入浴で、外人に多い入れ墨対策もそのひとつだ。

日本では昔から前科者の印として顔や腕に墨を入れられたり、遊び人が絵や文字を体に彫り込んだ。

どちらかといえばマイナスイメージが強い。

一方外国ではタトゥーといって、美術や芸術としての位置付けも定着している。

昔は彫りの技術の高さから、わざわざ日本に刺青を彫りに来る外国人もいた。

これから色々なお国柄が見られて面白そうだ。


# by photofujii | 2018-10-25 09:51 | 2000年代 | Comments(0)